土の中の生き物を見てみよう。私は20年もやった。たいした成果もなかった。毎日朝土を採集して学校へ行った。ツルグレン装置を製作した。朝やっておけば昼頃には結構沢山のダニやらトビムシを集めることが出来た。永久プレパラートを作って顕微鏡で観察したが全く分からなかった。頭部の先に突起があって、そこにケバケバがついている。突起はどれか分からなかった。ケバケバはどれかもちろん分からなかった。一種類のダニの名前を調べるのに一年かかった。突起はこれしかないだろう。ケバケバはこれのことだ。学校の近くの竹藪や林床のダニを調べた。透明の丸いものが何か分からなかった。きっとトビムシの卵だろうと思ったが、確信は持てなかった。顕微鏡の下で孵化させるしかない。言葉で言うのは簡単だけれども、これが結構難しい。途中で乾燥して死んでしまう。寒天の上ならどうだろう。乾燥には勝てなかった。薄い部屋にしないといけないだろう。そうしたが今度は観察中にガラスの内面がくもって見えなくなる。この問題を車の曇り止めでクリアした。これでダニの卵の孵化が撮影できるようになった。多分日本にはこんなことをやっている人は一人もいないだろう。ツブダニは60個もの卵を産んだって誰かが発表した。ダニの卵はダニの大きさに比べて随分大きい。ニワトリでもあるまいし、そんなに産めるはずはないと思った。飼育室に見える半透明の白いツブはあれはダニの糞だ。これならいくらでもある。卵はもっと透明だ。糞を間違えて飼育するとカビが生えてくるだけだ。数種類のダニについて卵から成体になるまでを調べた。
 そのうち生徒が結構興味を持ってくれるようになった。3年生最後の授業だった。講義室の一番前の列に知らない顔が並んでいた。部屋を間違えたかと思った。見回してみたがここしかない。「私たちは物理の選択者です。物理は自習になりました。最後の授業だからきっとダニの話をするんでしょう。一緒に聞いていっても良いでしょうか。」訳の分からないダニの話を一時間話して終わった。
 遠足にバスで出かけるとバスガイドさんがたいていこの先生は何の先生ですかって聞く。そうすると皆一斉に喜んで「ダニ、ダニ」って叫ぶようになった。バスガイドさんが困った顔をするともう一度「ダニだ」って叫ぶ。どうしたものか、申し訳無さそうに、ちょっと戸惑っていたが、私は少し嬉しかった。
 こんな実験は気持ち悪いし面白くないだろうと思った。双眼実体顕微鏡は少ししかない。ルーペで見えるがこれではつまらないと思った。長い間授業ではやったことはなかったが、実施してみた。思ったより人気があった。アルコールで殺して観察したが、生きて動いているものをもっと見たがった。ここまで小さくなるとたいして気持ち悪いこともないようだった。カニムシが土の中で一番かっこいい生き物だと思うって言ったら、皆探し始めた。ついでだけれど普通の顕微鏡をもっとも低倍率にして、シャーレごとステージに置いて観察すれば双眼実体顕微鏡でなくてもよく見える。なおもうひとつついでだが、名前が分からないからって言われた先生がいた。あるところに生育するダニ類は50種類ぐらいはいると思う。けれども個体数の多い順にその個体数を記すと指数関数的に減少することが分かっている。5種類も名前を知っていれば十分だろうと思う。トビムシなら2種類で良い。
 土の中の生き物を20年も見てきた。しかしある日マレーシアへ行って日本へ留学してくる予定の生徒を教えることになった。南国だろうということは分かったが、どんな国なのか知らなかった。ひょっとしたら病気になって帰れないかもしれないなどと馬鹿なことが頭を走った。出発に際して、全く知らない大学の先生に今までのデータを送っておいた。本に書きたいから方法を連絡して欲しいという手紙が届いたが、マレーシアではそんな余裕はなかった。ただ南方産と北方産のダニがいて発育のスピードが違うのではないかと思っていたので、マレーシアでも少しダニの採集をした。帰国したら再開するするつもりだったが、出来なかった。
ジャラン、ジャランはマレー語で散歩する意味だ。塾の名はサイエンス・ジャランとした。しかし塾生はいない私の近くには科学を散歩する人はいないのか。

今日の一枚  第63回 ササラダニの成長

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