「僕はやらないよ」って言った。「先生、解剖をやりませんか。」「面白半分でしょ?」「僕はやらない。命を取ることになる。絶対やらない。」
 そもそも僕は解剖は得意じゃない。学生時代に系統動物学の実験があった。ゾウリムシから始まった。屠殺場で採集してきた牛のカンテツ、ハマグリとかイカとか。最後はラッテだった。女子は麻酔をしないで、ねずみの胴を持って机の角に頭をぶつけて気を失ったところで解剖を始めた。f~m。ちょっと怖かった。僕はちゃんとやった。が、得意じゃなかった。それでも、実験が終わってから。骨格標本を作ろうと思って、ひとり実験室に残って作った。不謹慎だろうって思うが、プラモデルのようなものだった。NaOHを使ったが、どこからきたのか覚えていない。そんな時代だ。放射性の低レベルの炭素だって普通の実験室にあった。で、骨格標本は結構、綺麗にできた。教育実習の時中学校へ持っていったら、生徒が欲しいと言ってきた。どうってことないが、どうぞ、どうぞってあげてしまった。再び作る気はない。
 前の学校でニワトリの発生の実験をやった。ウニと違って本当にやろうとすればちょっと難しい。僕もよくわからない。初期発生の観察だ。学生時代にやったことはある。勉強はしたがどうもよくわからなかった。昆虫の発生なんかもっとよくわからない。さて、まずは受精卵が必要だった。孵卵場を探した。ちょっと離れた山の中にあった。早速、休日に行った。事情を話して、実験に使いたい旨を説明した。タダで良いって言われた。10個だったか20個だったかをもらった。2度目に行ったら、ニワトリを貸しましょうかって言われた。この子とこの子なら間違いないって指さして言われた。しかし、世話が大変だ。死んだりしたら責任の取りようがない。丁重に断った。受精卵を手に入れたらできるだけ早く実験に使わなければいけないと思っていたが、それほど気にすることはないと思うようになった。多分道の駅などで売ってある有精卵でも構わないと思う。卵は基本細胞だ。細胞が生きていれば大丈夫だ。言い換えれば、そこらに置いて置けば良い。
 定温器はあるがふ卵器はない。出来ればそんなものがなくてもだれでもできるようにしたかった。酒を燗する家庭用電化製品で出来ないだろうかって思った。エジソンが子供のころ卵を抱えていたらしいが、相当大変だっただろうと思う。だいたい普通で21日間かかる。ふと、初めてなんで21日なんだろうって思った。36度5分ならもうちょっとかかるだろう。人は受精から十月十日と言う。皆ほぼ同じだ。ニワトリなら、体温は人間よりちょっと高い。38度ぐらいに保つ。湿度を保つ。乾燥すると胚は死ぬ。もう一つ重要なことは転卵、絶えずひっくり返す必要がある。設備がないと孵化させるのは結構難しい。が、臓器ができるまでは温度が低くなっても死ぬことはない。初めて気が付いた。ヒヨコは温度が低くなると死ぬが、それは臓器が出来上がてからの話だ。初期発生中は気温が低くなっても死ぬことはない。転卵はどうして必要なのかは実験をしながら考えてみてください。一時間に一回ぐらいの頻度で行うらしい。が、手作業では無理だ。最悪一日朝、昼、晩、3回でも良い。失敗しても心臓が拍動を始めるまでは行くだろうと思う。
 そのうち鳥インフルエンザが流行して養鶏場に近づけなくなった。改めて都会の孵卵場を見つけて郵送してもらうことにした。(ついでにこういう業者から購入するのは今は大変難しい。数千円程度のことだけれども、現金取引ができないから。時には自腹を切るしかなくなる。昔は自由に使える消耗品費があった。)解剖はそれほどしたくなかったが、「ちゃんと、きちんとやるから。」って言う言葉を信じて、養鶏場に成体を依頼した。若いオスならと言って、用意してくれた。お金はいらないと言われた。いつもは横着な生徒が自らメスを持って、指示に従って真面目に解剖実習を行った。授業が終わったら、いつもは横着な生徒たちが、僕の前に気を付けをした。あれっ?どうしたんだろう。「貴重な体験をありがとうございました。」そう言って、頭を下げた。また彼らを見直した。受精卵を販売してくれた業者に、発生を観察して、命の授業を実施する場を提供したらどうだろうって、言ったが、うまくいくかどうか分からない簡単には難しい提案だった。多分今の日本では出来ないだろう。ついでだが、数個の卵が孵化をした。ひよこは生物室でしばらく飼うしかなかった。結構大きくなった、初めのうちは幼稚園で引き取ってくれた。が、鳥インフルエンザが流行すると、どこも引き取ってくれなくなった。

面白い実験でたしかめる生物の不思議