これはLEDランプです。SHARPって書いてある。数年前のことだった。電気代が随分高いと思った。LED電球は値が高いが、消費電力が少なくて済む。長持ちもする。で、買った。何年使ったか知らないが、突然目の前に何かが顔をかすめて落ちてきた。びっくりした何だろうと思った。LEDランプの電球カバーの部分だった。図で言えば黄色の半球部分だった。頭には当たらなかった。半球は厚手の重いプラスチックだった。縁には接着剤が剥がれたような痕があった。どうも接着剤が劣化して剥がれて落ちてきたようだ。ふ〜む。中学生か高校生が作った電球だ。金属と(塗装はしてあったが)プラスチック・・・・。簡単には接着出来ない素材のように思えた。まあ、これで売っているのだから、と思った。で百円館で100円の接着剤を買ってきて貼り付けてやった。結構上手く引っ付いた。で、そのまま半年以上は使えたと思う。・・・突然、顔をかすめるように何かが落ちてきた。テーブルの上に落ちたが頭には当たらなかった。何事かと驚いた。また、この半球が落下してきたのだ。僕は小学生のような修理をしてまた使っていた。これは結構危険だ。プラスチックと言ってもかなり重かった。ガラスに近い密度の物だった。きっとこれは電球の設計上の不具合だと思った。
 どうでも良かったけれども、ネットでSHARPのご意見ページを探して、メールを送った。間もなく電話がかかってきた。この製品は問題があると思います。耐久年数ってものがあるかもしれないが、最低でも電球は落下しない構造にしないといけないと思います。プラスチック部分と金属部分を爪にして絶対落下しない構造にしたらどうかって。
  冗談じゃない。経年時間分を差し引いて買い取らせてもらいますだって。この場合は半額で買い取るらしい。接着剤が均等にぬれていないのが原因だと言ったが、何を考えとるんじゃ。頭に落下する危険があった事についって怒っているわけだ。金属面をホーローのようにコウチングした部分にプラスチックのような物を接着剤で接着してある。こんなものは剥がれて落ちても不思議じゃない。頭の上に落ちれば重大な事故になるかもしれない。絶対に落下しない物にするのがメーカーの責任だと思う。高校生が文化祭で大きな壁絵を制作する。クラフト紙とか段ボールに部分ごとに描いて張り合わせて吊るせば良いと思うに違いない。が、吊るせば紙の重みで壊れてしまう。高校生の失敗とそれ程変わらない。ついでに同じ時に購入したもう一つはピカピカと振動するように気持ち悪く光っていた。この電球については全く何も取り合ってもくれなかった。当然不具合な製品は取りに来ると思ったから、買い取りになんか来るなって言った。ひょっとしたら、送ってくれって言うつもりだったかもしれない。その後はこのSH**Pからは何の連絡もなかった。

 昔々その昔、教員になってから11年ぐらいの間は大学入試はとんでもなく難しかった。英文科なんかは短期大学でも難しかった。懇談で短大でもって言われるとちょっとは気が楽になったが、それでも、大丈夫だなんて言えなかった。A判定で受験できる者はほとんどいない。C判定なら受験を薦めた。皆結構不合格を経験しただろうと思う。しばらくするともう少し易しくなった。が、それでも4年生大学に合格するのは難しかった。今、共通テストが始まった。ふ〜む。大変だろう。最近は推薦入試が結構期待されているらしい。昔は、推薦入試で進学するのは邪道だって思っている先生が結構いたと思っている。実力で勝負しなさいって言う先生がほとんどだったと思う。私もその一員だった。何人かの地域の校長は教員に東大の入学試験問題をやって研究しろって言った。馬鹿らしいが、実際にそう言う研究会が出来たらしい。それ以外に教員が何かを研究する必要はない。と言われた。が、私はマレイシアから帰ってきてからは全く変った。推薦入試で進学出来ればそれで良い。大いに結構だ。けれども、推薦に見合うものを持っていくことだ。学校の評定平均じゃない。理系の大学ならば、何がしかの実験、研究や論文を経験させてやることだ。自分が自主的に学んだことを持って進学させれば良い。どちらかと言うとひとり推薦に前向きだ。A君は大学で待っている教授もいた。入学したら1年生から先生と共に研究をしていると言っていた。Bさんは光の波長とクモの活動について家で実験をしていた。大学の先生が入学を楽しみにしていた。C君は「大学の近くで星を観察出来るところがありますか」って質問して進学した。進学して間もなく新超新星を発見したと言う報告が届いた。20年もして推薦入試が見直されてきた。学校で学んで、自分で学んで、自分で考えて生きて行って欲しい。私は知らないことは知らない。何でも知ってる訳がないだろう。でももう学ぶこともないかもしれない。が、君たちは学ぶこと多しだって言っていた・

昔教員になった頃、最初の授業の後だった。教室を出ると生徒がひとり質問に来た。「バレリーナとかがグルグル回転しても目が回らないのは何故ですか」ブルーバックスで読んだばかりだった。がっかりしながら帰って行った。が、最近、フィギアの選手が”目は回りますよ”って言っていたので。よく分からないが、いつまでも覚えている質問だ。こうゆう質問を沢山集めると面白いかもしれないと思っている。

これはどうだろう。白と黒の画素が赤、水色に斜めに見える。この静止画では視線方向を変えながら見るから、赤色や水色が見える。視線方向を変えなければならないのは目の構造に理由があるのであろう。網膜の作りは授業で扱ってきたが、視細胞が黄斑に沢山分布している理由は考えた事は無かった。生徒も質問しなかった。でも、重大な理由がある。網膜上の不均一な視細胞の分布は視線方向を変えると、同じものがはっきり見えたりかすんで見えたりするのだろう。脳はこれを補正しなかればならない。で、補色残像は未だにその理由を知らないが、視線方向を変えながら見るから、重要なんだろうと思う。30年以上もだれも質問しなかった。補色残像と本物の画像を50%ずつで重ねると灰色になってしまう。残像が薄いと暗くなって見える。斜めの錯視色は残像の色だと思う。残像がずれて重なるとこの色が見えるのだろう。

 スーパーに立ち寄った。なんでも高くなってきたから、安売りスーパーを狙った。薄切り豚バラ肉を一パック買ってきた。今晩は湯豆腐鍋にしよう。出口でバイトの大学生なのだろうか。宣伝用のティッシュペーパーを手渡された。何だか手作り感のある薄いパックだった。きっと値上がりしているのだろう。「スマホはどこのものですか」って聞かれた。残念。スマホは持っていない。携帯もない。「なんだ、持っていないのか。」ってちょっと馬鹿にされた。まずは空振りだったのだろう。公衆電話がほとんどなくなってきたから、心配なことはないことはないが、スマホなしで一生が終われないかと思っている。スマホもマイナンバーカードも持たなくても棺桶には入れるだろう。ひょっとしたらスマホの普及は理数の思考力を減退の原因になるのじゃないかって思っている。そもそも、書籍が消えていく社会はどうなのか。特に専門書に近い書籍は田舎では見なくなった。高校生がPCで調べて、パワーポイントでもっともらしい発表をする。すごいって思うかもしれないが、良いことはない。数十年先での話だ。情報は増えたが、他人の目を通してしか物を見ていない。TVが世に出てきた時、「一億総白痴」って言葉がちょっと流行った。そうなのかと思ったがそんなことにはならなかった。が、今度はどうだ。ただ、ちょっと違うのは誰も警鐘をならさない。
 PCもスマホも好きじゃないが、錯視の世界はPCがないと本当のことは分からないかもしれない。感覚器からの情報を脳はどのように理解するのか。たいていの人が動物もが同じように理解する。シナプスのなせる見事な技だ。けれども、私の知り合いの三白眼の山羊は決して私には慣れない。ほぼ無視。犬とは違うなあ。

 2022年も終わりかけた。一年を振り返っても何か戻ってくるものがあるわけではない。前を向いてももはや何も見えないかもしれない。後ろから昔の記憶が追いかけてくる。幼稚園も小学校も何も覚えていない。ただ行きたくないことがあった事だけ覚えている。両手両足をとりあげられて、先生に引きづられて行った。別に憎んでいる訳じゃないが、今でも先生の名前は覚えている。虐待だったとは思わないが、縛られたり、閉じ込められたりもした。親は追いかけてくるから、行きたくなければ徹底的に逃げるしかない。狭い空間に逃げ込めばこちらの勝ちだ。勝ったのか負けたのかは今となってはよく分からない。ただそうやって育ってきたのだ。過去のおぼろげな思い出に追いかけられている今じゃあ、???な老人だ。
 左は12年前の年賀状に使た画像だと思います。時々青色の渦が見えるような気がします。はあ?って思うが、立体を見ることが出来ない脳が解釈すると青色の渦が見えるような気がするのでしょう。ウサギさんが持っている年賀の青色の縁が画像の手前に向いているように理解すると渦になっているように見えるのでしょう、説明は長くなるので止めます。赤色の渦は見えません。それはウサギさんの位置のせいです。今年も又ウサギ年です。あれからたいして進歩していないのだ。